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友人がある本で著者写真を指して言いました、「あちらの有名人と並んでニンマリ、みれたもンじゃないねエ」。…いまだ舶来上等の亡霊に驚倒したままの智識人は少なくないようで、内に向かって上慢になると手の施しようもありません。
明治開国であらわに西欧へ乗り換えを図り、和魂の歌詠みから漢学の素養まで捨て去りましたが、どれもモノにならぬまま百余年。最近は小学校まで「言葉」を軽んじたのであやうく底なしになるところでした。

繭玉焼き。地元では「どんど焼き」ともよばれ、杉の木を立てた先にダルマをつけ、まわりには竹など組んで「せえの神」をつくり、正月のお札、笹松と共に火をつける。繭玉を燒いて無病息災を祈って楽しく食べる。「餅花や灯たてて壁の影」と歌われた繭玉とは趣がちがって豪快だ。(八王子・上恩方力石地区、「夕やけ小やけの里日記」より写真家・宮川征三郎氏提供)
2007年11月、私ども日本オーソトロピクス研究会で主催したシンポジウムでは、世界12ヶ国から人類学者を含めて多くの人が集まりましたが、実はこのシンポジウム、まわりの状況が千変万化する中、6名の町医者が乏しい準備金で仕事の合間に企画。ところが、方々から高い評価をいただきました。どうしてでしょう?…。
海外参加者の「日本にはまだ何かが残されているという胸騒ぎ、それに応えた民族の本領発揮」とでも申しましょうか。
まずは「場」をととのえなくてはなりません。懇親会は八王子うかい鳥山、日本伝統和楽団、歯科界きっての聡明な通訳お二人にも協力いただき、「緑あふれる山あいで、肩ひじ張らず各自が家庭・村・国・民族の代表とスナホに感じりゃ、いろり焼きに酒も格別、学びも和みも涌出尽きぬ…」、少なくとも「和シテ同セズ」の線は保たれ、互いの固着観念はがらりと変ったすばらしい集いと合いなりました。
そもそも自分の“オッカさん”を大切にしてこそ、相手の“オッカさん”も尊重できます。オッカさんは気候風土・良くも悪しくもご先祖様の履歴、近くの里山でもいいし食い物でもいい。つまりは日常些事。こうして小さいときから中身を濃くしてゆかないと、小に大に「薄ク人ヲ責ムル」なんて芸当はできゃしない。
そとからつつかれるまで日本人の業績は知らんぷりのウブな民族、待ったなしで海外の価値観が押し寄せるこれからの世代の方にはご参考になりましたでしょうか。


写真提供:北總征男シンポジウム大会長
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